2025/12/11 18:00

「気が利かない人だと思われているのかもしれない」
そう感じる瞬間が、私には何度もあります。
頭では分かっているのに、体が動かない時間が、確かにあるのです。

バーベキューのあとでした。
「片付けましょう」という声とともに、みんなが自然に動き始める。
皿を洗う人、テーブルを拭く人、ゴミをまとめる人。
その中で、私は立ち尽くしていました。
何から手をつければいいのか、分からなかったのです。

正確には、「分からないまま」ではありませんでした。
頭の中では、いくつもの手順を同時に並べ替えていました。

・皿を洗うなら水場は混んでいないか
・テーブルを拭くなら誰かと重ならないか
・ゴミをまとめるなら袋はどこか、分別はどうするのか

考えれば考えるほど、最初の一歩が出ませんでした。


第1章 曖昧な指示が、いちばんのハードルでした

発達障害(ASD)の私にとって、
「適当に」「手分けして」「できる人から」
という言葉はとても広い指示です。

範囲と順序と終わり方が見えないと、安心して動けません。

たとえば「ゴミをまとめて」と言われたとき、私は
・袋はどこか
・どう分別するか
・最後は誰に渡すか
の確認が必要になります。

この基準が見えた瞬間、私はすぐに動けます。
けれど、基準が見えない間は体が止まってしまうのです。

外から見ると、その静止している時間は「何もしていない人」に見えます。
それが、私にはとてもつらいことでした。

実際には、場の流れを読もうとして、頭の中はフル回転しています。
けれど、その努力は外に表れにくい。
ただ立っているように見えてしまうのです。


第2章 少しずつ身につけた「動けるための工夫」

今の私は、事前に自分から動き方を決めるようにしています。

・「私、ゴミをまとめますね」
・「皿を集めますね」

最初の一歩を言葉にすると、頭が整理されて動きやすくなります。

迷ったときは、「何を手伝えばよいですか」と聞くことも増えました。
以前はその一言が怖かったのです。
「何もしていない人」に見られたくて、さらに動けなくなっていました。

振り返れば、同じ状況は昔からたくさんありました。
体育祭の片付け、送別会の準備、家族の食器片づけ…。

私が苦手なのは、やる気でも気配りでもなく、
【最初の基準が不明な場面】でした。

反対に、基準が明確な場面では、私は落ち着いて動けます。

・ここまで
・この順番で
・終わったらここに置く

この三つがそろうと、安心して集中力を発揮できるのです。


第3章 「気が利かない人」ではなく「基準が必要な人」

発達障害の特性は、生活の角でときどき痛みます。
でも、理由が分かると、その痛みは少しずつ和らぎます。

私は「気が利かない人」ではなく、
「基準が見えないと動きづらい人」でした。
そう理解してから、自分を責める時間が減っていきました。

もし同じように固まってしまう方がいたら、
最初の一歩を小さく決めてみてください。

・私はテーブルを拭きます
・私はコップを集めます

それだけで状況は一歩前に進みます。
そして迷ったら、「何を手伝えばいいですか」と静かに聞いてみてください。

動けない理由は怠けではなく、
見えない基準への不安です。

少しずつで大丈夫です。
基準がひとつ見えるたび、体は自然に動き始めます。

その積み重ねが、私の暮らしを少しずつ楽にしてくれました。


あとがき

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

この記事では、「集団作業で固まってしまう理由」を、
発達障害の視点から丁寧に言語化しました。

私は note・Threads・YouTube・TikTok でも、
発達障害(ADHD+ASD)と日常の中の生きづらさについて発信しています。
気づきや視点が必要なとき、そちらも覗いていただけたら嬉しいです。


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