2025/11/15 18:00

「普通にして」と言われて、動けなくなった日

昔から、「もう少し普通にして」と言われることがありました。

話し方が独特だったり、空気を読むのが少し遅れたり。
人と話していても、どこか噛み合わない瞬間がある。

そのたびに、「自分は何かおかしいのかもしれない」と感じてきました。

学生の頃、友達に笑いながら言われた「そういうとこ、ちょっと変だよ」。
その一言が心の奥に小さく刺さって離れませんでした。

社会人になってからも、
「もう少し空気を読んで」「普通でいいから」
と言われるたびに、胸の中がざわつきました。

「普通」って何だろう。
私はそんなに変なんだろうか。

そう考え始めた瞬間から、体が動かなくなりました。


普通という言葉ほど、人を苦しめるものはない

「普通にして」と言われたとき、
多くの人は「ちょっと気をつけよう」と思うかもしれません。

でも、発達障害(ADHD+ASD)の特性を持つ人にとって、
それは「存在を否定されたように感じる」言葉になることがあります。

ADHDの人は、感情の動きが大きく、
表情や声のトーンに出やすい傾向があります。

ASDの人は、状況を分析してから反応するため、
ワンテンポ遅れてしまうことがある。

どちらも意識して変えることが難しい部分です。

だから「普通にして」と言われると、
どう頑張っても無理なことを求められているように感じてしまう。

一見軽い言葉でも、
相手の違いを否定してしまう力を持っています。

それが「普通」という言葉の怖さです。


みんなの普通は、少しずつ違う

大人になって気づいたのは、
普通というのは人の数だけ違うということです。

時間をきっちり守る人が普通という人もいれば、
少し遅れても気にしない人が普通だと思う人もいる。

仕事中に雑談するのが自然な人もいれば、
静かに集中したい人もいる。

普通というのは、
結局その人の「心地よさの基準」にすぎません。

でも、発達障害のある人はそのズレを強く感じやすい。
そのたびに「また浮いてしまった」と落ち込んでしまいます。

本当は誰にでも得意と苦手があるのに、
「発達障害」という言葉がつくだけで、
その違いが“異質”として目立ってしまうのです。


普通を目指すより、安心できる自分を目指す

私はある時から、「普通に見せる努力」をやめました。

笑うタイミングを無理に合わせるのをやめて、
リアクションを大きく見せることもやめたんです。

最初は怖かった。
「変だと思われたらどうしよう」
「また注意されたら嫌だな」
そんな不安でいっぱいでした。

でも、自分のペースを保ってみると、
それを受け入れてくれる人がいました。

「そういうところがあなたらしくていいね」
そう言ってくれた言葉で、心がほどけました。

それ以来、私は「普通」ではなく、
「安心できる自分」を目指すようになりました。

無理に合わせなくてもいい。
そう思えた瞬間から、人との距離感が穏やかになったんです。


ズレは恥ではなく、個性の形

発達障害の特性を持つ人にとって、
人とのズレは一生つきまとうテーマかもしれません。

でも、そのズレは「欠点」ではありません。

感受性が高いからこそ、
他人の表情や言葉の裏を感じ取れる。

こだわりが強いからこそ、
仕事や趣味に深く打ち込める。

一度に多くのことを考えるからこそ、
人が見落とす部分に気づける。

ズレは生きづらさを生む一方で、
あなただけの感性を育ててくれる要素でもあります。


おわりに:普通じゃなくていい。あなたのままで

「普通にして」と言われて傷ついた人へ。
あなたは、何も間違っていません。

人と違う感じ方、考え方、生き方があっていい。
普通じゃなくても、ちゃんと生きています。

大切なのは、人の形に合わせることではなく、
自分の輪郭を知って、守ること。

発達障害のある人が「普通」を目指そうとするほど、
心がすり減ってしまいます。

だから、どうか無理をしないでください。

あなたが少しほっとできる場所、
安心できる人、穏やかに過ごせる時間。
それがあるだけで、もう十分なんです。

あなたは普通じゃなくていい。
あなたはあなたで、すでにちゃんと生きています。
そのままで、大丈夫です。


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